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輪をくぐる──草が、季節の境界になる日

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〜茅の輪と夏越の大祓から読む、身体で季節を越える文化

神社に、大きな輪が現れる

六月末が近づくと、神社の参道に大きな輪が立てられる。

草を束ねて作られた輪。
人の背丈ほどの大きさで、
道の真ん中に、どんと置かれている。

遠目には、何のための構造物かわからない。
近づくと、草の匂いがする。

輪の前に立って、はじめて気づく人もいるだろう。
あ、これをくぐるのか、と。

諏訪エリアでも、
先宮神社をはじめ、
いくつかの社でこの時期に茅の輪が立てられる。

夏越の大祓。
六月三十日、全国の神社で行われる祓いの行事だ。

この行事を知っている人は多い。
でも、なぜ六月なのか。
なぜ草の輪なのか。
なぜ「くぐる」のか。

一つひとつ問い始めると、
茅の輪は少しずつ、
違う顔を見せてくる。

普段の参拝なら、社殿に向かって手を合わせれば終わる。
だが茅の輪は、その手前に置かれている。

参拝する前に、まず輪をくぐる。
これは、少し変わった構造だ。

神様に会いに行く前に、もう一つ別の行為が挟まっている。
その「もう一つの行為」が何を意味するのか。

草で作られた輪には、この土地の人々が長い時間をかけて積み上げてきた
「季節との向き合い方」が、静かに込められている。

夏越の大祓に合わせて参道に立てられた茅の輪


半年ごとに、立ち止まることの意味

茅の輪は、夏越の大祓という行事の中にある。

その大祓には、
もとをたどると一つの神話がある。

古事記・日本書紀に描かれる伊邪那岐命の禊祓。
黄泉の国から戻った神が、身を清めるために水で禊ぎを行った。
その神話が、大祓の原像とされている。

この祓いの考え方は、やがて宮中の年中行事として整えられていく。
六月と十二月、年に二度。
六月の大祓を「夏越」、
十二月の大祓を「年越」と呼んだ。

「年越し」という言葉は今も使う。
大晦日に一年の締めくくりをする感覚は、現代にも残っている。
だが「夏越し」という半年の節目は、
現代の暮らしからはずいぶん遠くなった。

考えてみれば不思議なことだ。

一年の終わりは、誰もが意識する。
カウントダウンをし、
新年の挨拶を交わし、
何かを新しくしようとする。

けれど一年のちょうど真ん中で、
同じように立ち止まる習慣は、
いつの間にか薄れてしまった。

半分が終わったという感覚そのものが、
今の暮らしの中ではあまり意識されない。

昔の人は、一年を一つの単位として生きるのではなく、
半年ごとに区切りをつけながら暮らしていた。
前半の半年で積もったものを手放し、
後半の半年へと向かう。
その節目に行われたのが、大祓という儀式だった。

罪や穢れを消す、という言葉だけで大祓を捉えると、
少し硬い印象を受けるかもしれない。
本来の感覚は、もう少し柔らかいものだったように思う。

暮らしの中に、知らず知らず積もっていくもの。
意図していないのに重なっていく疲れや、
こじれた感情や、うまくいかなかった出来事の残り。
それらをまとめて「穢れ」と呼び、定期的に手放す機会を設けていた。

言い換えれば、暮らしの定期点検だ。
身体のメンテナンスではなく、
自分の内側と、自分を取り巻く関係の、棚卸しのような時間。

半年に一度、立ち止まって整える。

スケジュールが埋まり、通知が鳴り続ける現代に生きる私たちが、
半年単位で暮らしを振り返る機会は、はたしてどれほどあるだろう。

一年の計画は立てる。 四半期ごとの目標も立てる。

でも「半年分の自分を、ただ振り返る」という時間は、
意外と、どこにも組み込まれていない。

夏越の大祓は、その空白を埋める装置として、
ずっとそこにあったのかもしれない。

夏越の大祓で茅の輪をくぐる前に立つ参拝者


なぜ「輪」をくぐるのか

祓いの形は、さまざまある。

水で禊ぐこともあれば、言葉で祓うこともある。
紙の人形(ひとがた)に息を吹きかけて川に流す形もある。

その中で、なぜ輪なのか。

ある男が、旅の途中で一夜の宿を求めた。

裕福な弟の家は、その男を断った。
貧しい兄、蘇民将来は、男を快く迎え入れた。

男は、実はスサノオだった。
蘇民将来の厚意に応えるため、男はこう告げる。

「これからの世に疫病が流行ったら、 茅で輪をつくり、それを腰につけなさい。
あなたの子孫は、その輪によって疫病から免れる」

備後国風土記に残るこの説話が、
茅の輪の最古の記録とされている。

もともとは、腰に着けるお守りとしての茅の輪だった。

それが時代を経て、参道に大きな輪を立てて人がくぐる形へと変わっていった。
「左→右→左」と八の字を描くように三度くぐる現在広く行われている作法も、
中世から近世にかけて少しずつ整えられてきたものだ。

腰につけるものから、くぐるものへ。
個人が身につける護符から、
誰もが通り抜けられる構造物へ。

この変化は、単なる形式の変更ではないように思う。

お守りは、持っている人だけを守る。
輪は、そこを通る人すべてを迎え入れる。

護符から通過儀礼への変化の中に、
「個人の祓い」から「土地全体の祓い」への広がりが あったのではないか。

知識として「祓いをした」のではなく、
身体を使って輪をくぐる。

一歩踏み出して、輪の内側に入る。
くぐり抜けて、振り返る。
また輪の前に立つ。
その繰り返しの中で、何かが変わる。
あるいは、変わった気がする。

「気がする」だけかもしれない。
でもその「気がする」に、意味があったのではないかと思う。

言葉で説明される祓いと、身体で越える祓いは、たぶん別のものだ。
頭で理解するのではなく、身体で越える。
茅の輪は、そのための装置だった。

輪という形には、くぐる前と後をはっきりと分ける力がある。
外側にいた自分が、内側を通り、また外側に出てくる。
同じ場所に戻ってきたはずなのに、何かが少し違っている。

その小さな違いを、昔の人は信じていたのだろう。

茅の輪がつくる境界の向こうに続く参道


茅とは何だったのか──草の記憶

輪の素材は、茅(かや)だ。

しかし「茅」は、特定の植物の名前ではない。
ススキ、ヨシ、チガヤ、カリヤス。
屋根を葺くために使われてきたイネ科の草を、まとめて「茅」と呼んできた。
植物学的に「茅」という種は存在しない。
機能的な総称であり、人間の暮らしと結びついた呼び名だ。

縄文時代から、人は茅で屋根を葺いてきた。
ススキやヨシで葺いた茅葺き屋根は、三十年から五十年の耐久力を持つという。
断熱性、保温性、通気性。
現代の建材が数値で証明することを、茅は自然の性質として持っていた。

草は、暮らしの表面にあった。
屋根になり、燃料になり、肥料になり、そして祓いの道具にもなった。

一つの草が、こんなに多くの役割を担っていたという事実が、
今の暮らしからは想像しにくい。

現代の暮らしでは、屋根の材料と、畑の肥料と、
神社の祭具は、それぞれ別の場所からやってくる。
建材店、農業資材店、神社の授与品。

ところが茅の場合、すべてが同じ草から出ていた。
切り出す場所も同じ。扱う人も近い。

暮らしのあらゆる場面に、同じ草が顔を出していた。

その茅を調達するために必要だったのが、茅場(かやば)だ。
集落の近くに設けられた、草を採集するための共有地。
毎年、刈り取りと火入れを繰り返すことで、森林化を防ぎ草原を維持してきた。

ここで少し、足元を見てほしい。

霧ヶ峰の草原は、この土地に暮らす人間にとって見慣れた風景かもしれない。
だがあの草原は、長い年月にわたる人間の営みがなければ存在しなかった。

縄文の時代から火が入れられ、刈り取られ、その繰り返しの中であの景色が守られてきた。
霧ヶ峰自然環境保全協議会の記録では、
「縄文時代にはすでに草原が存在し、火入れが行われていた可能性」が指摘されている。
今も地域住民と行政が、火入れと刈り取りで草原を維持している。

草原は、自然がひとりで作り出したものではない。
人と自然が長い時間をかけて作ってきた、文化的な景観だ。

放っておけば、あの草原は森に戻る。
刈らなければ木が育ち、木が育てば草原ではなくなる。

つまり、あの開けた風景は、
誰かが毎年手を入れ続けているからこそ、開けたままでいる。

景観そのものが、労働の積み重ねでできている。

そして「茅野」という地名。

茅野市の公式見解によれば、「茅野」とは「茅の生える野」に由来する。
チガヤをはじめとする草が、かつてこの土地に広がっていたことを、 地名そのものが記憶している。

茅の輪は全国の神社で行われる行事だ。その起源に茅野は関係しない。
だがこの「茅野」と名のつく土地で輪をくぐるとき、
草と人との関係が、少し違う重さで迫ってくる気がする。

因果関係ではない。 ただ、この土地の風土と、この行事が、
同じ草の記憶を、別々の形で受け継いでいるということだ。

霧ヶ峰の草原に立ったことがある人なら、
風に揺れるススキの感触を覚えているかもしれない。
その草が屋根になり、祓いの輪になった。
土地と行事は、草という素材を通じてつながっている。

風に揺れるススキと霧ヶ峰・蓼科山を望む豊平地区の草原


夏至という折り返し

六月二十一日頃、夏至を迎える。

一年で最も昼が長い日。
太陽が最も高く、最も長く空にある日。
しかし同時に、この日を境に少しずつ昼が短くなっていく。

極まった光が、次の方向へ向かい始める。折り返しの日。

二十四節気の「至」には、極まる、という意味がある。
「ここが頂点で、ここから変わっていく」という感覚を、
昔の人は暦の言葉に込めていた。

太陽が反転するこの季節、
身体のどこかが、自然と立ち止まりたくなる。

日本では、梅雨の真っ只中ということもあり、
夏至そのものが大きな祝祭の対象になることはなかった。

それでも、この時期に季節の転換を感じる感覚は確かにあった。

夏越の大祓がもともと旧暦の六月晦日に置かれていたのは、
そのことと無関係ではない。

旧暦の六月晦日は、梅雨明け後、本格的な暑さと疫病の季節が始まる直前にあたる。
「これから来る本番」を前にした、備えの祓いだった。
新暦採用後に多くの神社が六月三十日へ移したことで、
今では季節感がやや早まった形で定着している。

夏至から夏越の大祓にかけての時期は、
太陽が折り返し、暦の半年が折り返し、人が立ち止まる時期だ。
自然の境界と、人間が設けた節目が、この時期にゆるやかに重なっている。

一年で最も光が満ちた日のあとに、祓いを行う。
満ちたところで、一度手放す。 そうして次の季節へと向かう。

その構造は、呼吸に少し似ている。
吸い込みきったところで、一度吐く。また吸うために。

満ちる前に手放すのではない。
満ちてから手放す。

この順番には、意味があるように思う。

足りないものを補うための祓いではなく、
満ちたものを一度ゼロに戻すための祓い。

何かを得るための行為ではなく、
何も持たない状態に、一度戻るための行為。

その「一度戻る」という発想が、
次の半年を迎えるための準備になっていた。

北欧では、夏至そのものが国民的な祝祭の中心になっている。

太陽を讃えるのではなく、祓いを行う。
盛り上がるのではなく、立ち止まる。

それが、この土地の気候と暮らしの積み重ねの末に
たどり着いた、夏至への向き合い方だったのかもしれない。

石灯籠越しに見上げる夏の空と木漏れ日


何を手放して、次の半年へ

神社の参道に立つ。

目の前に、茅の輪がある。
草の匂いが、かすかにする。

くぐる前に、少しだけ立ち止まる。

この半年に積もったものを、ぼんやりと思い浮かべる。
うまくいったこと、うまくいかなかったこと。
続いていること、終わったこと。
言葉にならないまま残っているもの。

それらを頭の中でひとまとめにして、輪の前に置く。 そして、くぐる。

儀式が人を変えるわけではない。 輪をくぐっても、
何も解決しない。 昨日抱えていた問題は、明日も残っている。

それでも人は、長い時間をかけてこの行為を受け継いできた。

節目をつくることで、前と後が生まれる。
身体を使ってその境を越えることで、自分の中の時間が動く。

くぐった後の空気が、来る前と少し違って感じる瞬間がある。
それは気のせいかもしれない。 だがその「気のせい」を、昔の人は丁寧に積み重ねてきた。

気のせいで十分だ、と今は思う。
身体はその経験を、ちゃんと受け取っている。

「今年の夏越し」という記憶が、 また一年後にここへ戻ってくる理由になる。

一年に一度ではなく、半年に一度。
そのくらいの間隔で、自分の輪郭を確かめ直す機会があるというのは、
案外、ちょうどいいのかもしれない。

長すぎず、短すぎない。
忘れる前に、また立ち止まれる。

夏至が過ぎて、光がゆっくりと傾き始める頃。
諏訪の神社には、今年も茅の輪が立つ。

草の匂いと、参道の静けさと、
輪をくぐった後のわずかな違いだけが、そこに残る。

茅の輪の先に佇む先宮神社の社殿


🌿 コラム補足メモ

先宮神社について

諏訪市小和田に位置する先宮神社は、健御名方富命の妃神・八坂刀売命を祀る社だ。この地域では古くから女性の守護神として信仰を集め、夏越の大祓の時期に茅の輪が設置される社のひとつだ。

大祓の制度史

大祓は、大宝律令(七〇一年)で宮中の正式な年中行事として定められ、延喜式(九二七年施行)で六月晦日・十二月晦日の式次第が規定された。神社本庁も、大祓は伊邪那岐命の禊祓を起源と位置づけている。

夏至と大祓、二つのリズム

夏越の大祓は、暦の上では六月晦日(月末)に行われる行事で、夏至(六月二十一日頃)そのものではない。史料を見ても、大祓の日付は一貫して「晦日」であり、夏至・冬至という天文上の節目とは厳密には一致しない。

ただ、「半年ごとに区切る」という発想の根は、月の暦よりも太陽の動きに近いところにあるように思う。世界各地の夏至祭が、文化や宗教の違いを超えて似た形(火・輪・通過)を持つことを思うと、夏至点という太陽の折り返しは、人類にとって何か共通の「感じ方」を呼び起こす日なのかもしれない。暦の上の日付と、身体が感じる季節の折り返しは、必ずしも同じ日ではない。

茅の輪の作法について

「左→右→左」と八の字を描くように三度くぐる作法は、神社によって多少の違いがある。「水無月の夏越しの祓する人は千歳の命のぶというなり」という古歌を唱えながらくぐる神社も多い。訪れた神社の案内に従ってくぐるのが良い。

参考情報リンク

先宮神社 茅の輪くぐり 先宮神社(from八ヶ岳原人) 霧ヶ峰自然保護センター

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